おそらくは大半の人々が国を捨てるための動機となるでしょう。
しかし、一定の仕事と小ざっぱりとした住まいさえ確保されれば、かなりの数にのぼる人々は、村に留まるものと私は確信しています。
好奇心があるなら、人里離れた村に足を運んでみましょう。
例えば、ヘイレスウォース近効のクラットフィールドの様な村落を訪ね、道で出会った人に村の様子を尋ねてみるのです。
そうすれば十中八九、昔はもっとたくさんの家があり、その多くは落ちぶれ果て、これと思う若者は、適当な家を見つけることができないために村を去り、落ちぶれた家は荒れるにまかされているという話を聞くでしょう。
村の中には夏になればバラが咲き、くずれかけた壁や朽ちかけた屋根にはつたがからまり、さぞかし美しいだろうと思われる家があります。
しかしたいていそのほとんどは、人の住まいとしてふさわしくないのです。
鉄道網が拡張されたため、南イングランドに住む人々も、19世紀後半には村を捨てる様になりました。
しかし、イングランドの都市へ向かうことで、すべての人々の暮らしが向上したわけではありません。
皮肉にも、すでに完成された都市の上を鉄道が走ったため、適当な住まいを探し出すことが、より一層困難となりました。
ロンドンでは、1840年から1900年にかけて120、000人もの人々が、鉄道建設の為に立ち退きを余儀なくされたものと推定されます。